憧れの奥に
07 24, 2014Posted in未分類
現在はプロフィールにある通り、
郵便局長で概ね日中を過ごしている訳であるが、
およそ10年前までは、四六時中、映画・ドラマの企画製作を手掛けていた事もあり、
仕事柄、子供の時分より憧れていたアーティスト、タレント、俳優さんと
出会う機会は少なくなかった。
その意味で、内心ミーハー心がもたげてしまう観念に侵されそうになるが、
そこは理性が完全に勝っていたので、仕事を辞めずにおれたのである。
さて、タイトルから想像できるであろう偶像と実像という二つの概念をどう見るべきか・・
というテーマは興味深いものがあって当然である。
経験上、これはあくまでも二つの概念でしかない、というのが私の結論なのである。
偶像のAさん、実像のAさん、どちらも好きになれたらこれほど理想的な事はない。
幸いにも幻滅した経験はあって、一、二度といったところだろうか。
これはずばり言って幻滅する必要はないのである。
例えば、実像のAさんが私の意に沿わない主義主張をされていたとしても、
偶像のAさんの芸術性に支障は来さないという意味とも言える。
つまり実像のAさんは知らなくてもいい存在なのであり、
興味は偶像のAさんでしかあり得ない。
ただし、大概、一線で活躍されている方々は、心が広く、人間的魅力に溢れていた。
人を知る機会に恵まれた幸運、それ自体が今現在でもかけがえのない
自分の財産となっていることだけは確かなことである。

郵便局長で概ね日中を過ごしている訳であるが、
およそ10年前までは、四六時中、映画・ドラマの企画製作を手掛けていた事もあり、
仕事柄、子供の時分より憧れていたアーティスト、タレント、俳優さんと
出会う機会は少なくなかった。
その意味で、内心ミーハー心がもたげてしまう観念に侵されそうになるが、
そこは理性が完全に勝っていたので、仕事を辞めずにおれたのである。
さて、タイトルから想像できるであろう偶像と実像という二つの概念をどう見るべきか・・
というテーマは興味深いものがあって当然である。
経験上、これはあくまでも二つの概念でしかない、というのが私の結論なのである。
偶像のAさん、実像のAさん、どちらも好きになれたらこれほど理想的な事はない。
幸いにも幻滅した経験はあって、一、二度といったところだろうか。
これはずばり言って幻滅する必要はないのである。
例えば、実像のAさんが私の意に沿わない主義主張をされていたとしても、
偶像のAさんの芸術性に支障は来さないという意味とも言える。
つまり実像のAさんは知らなくてもいい存在なのであり、
興味は偶像のAさんでしかあり得ない。
ただし、大概、一線で活躍されている方々は、心が広く、人間的魅力に溢れていた。
人を知る機会に恵まれた幸運、それ自体が今現在でもかけがえのない
自分の財産となっていることだけは確かなことである。

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